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開催日時:平成23年7月13~16日
開催場所:岩手県
この事業は日本JCだけでなく当ロムとしても東日本大震災被災地に出来ることはないか?を会議し、臨時理事会で承認されたものです。我々が岩手県で行ってきたプロジェクトは以下の2つです。
①浜名湖西岸の小学生に書いてもらったメッセージ入り団扇の交換
②「ぼくめし」と「アサリの貝汁」の炊き出し
なお事業遂行に当って、岩手県遠野JCの多大なるご協力頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。写真は遠野JC理事長と遠野市災害福祉センター(岩手県沿岸部のボランティア拠点)にて。
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7月13日13:00。湖西市商工会館にて団扇の整理梱包を行いました。この団扇は心の絆プロジェクトのキーとなるアイテムです。団扇の表には浜名湖JCと遠野JCの交流のマンガが、裏面は空白になっていて、「メッセージ」と「自分の将来の夢」を湖西市の小学生に書いてもらいました。湖西市と三ヶ日町の小学生からは学校の協力も有り、全部で4,000枚ものメッセージ入り団扇が集まりました。この作業は思いの他時間が掛かり、湖西市出発は19:00でした。
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7月14日07:00。遠野市に到着したので、ちょうど12時間の移動でした。08:00より遠野市内にあるボランティア拠点にて、センター長と遠野JCのメンバーと打合せを行いました。
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7月14日08:00。遠野のボランティア団体の朝礼模様です。震災から1ヵ月後に浜名湖JCからも4名のメンバーがこちらに参加しています。今回の心の絆プロジェクトでは彼等と共に瓦礫の撤去などを行うスケジュールは有りませんでした。
震災から4ヶ月経った現在、ボランティアに参加する人の数は当初と比べ1/5に減っているそうです。老若男女、国内国外問わずいろいろなボランティアメンバーを見掛けました。
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7月14日11:30。遠野市内では本当に地震があったのか疑問を感じるくらいのどかな風景だったのですが、釜石市の沿岸部に来ると津波の影響が生々しく残っていました。
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7月14日11:50。湖西と三ヶ日の小学生に書いてもらった団扇と共に釜石市立白山小学校へ伺ってきました。
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7月14日12:00。白山小学校の先生に承諾を頂き、知波田小学校の団扇をお渡ししました。
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7月14日13:30。吉里吉里小学校にて。ここの校舎には、津波の被害を受けた別の小学校の生徒と教員が3校入っていました。ちょうどお昼休み時間で、グランドには様々な学校の体操服を着た子供達が元気よく遊んでいました。JCメンバーの何人かは玩具にされてます。
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釜石市の場合、沿岸部でほぼ全壊した住宅街の場合、現在瓦礫の撤去がかなり進んでいますが、半壊のアーケード街は逆に撤去にコストが掛かるようで、破壊された家々が残されていました。家に書いてある赤い×印は「解体可」、赤い旗はここに遺体があったことを表しています。旗には遺体の氏名、確認日、確認者氏名が書いてあります。
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プロジェクト中は遠野市内にある防災センターで寝泊りをしました。これも遠野JCの皆さんの尽力によります。感謝!
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7月15日13:00。少し遅くなってしまいましたが、釜石市内で炊き出しを行いました。対象は被災者とボランティアの方々です。浜名湖から持ってきた食材と調理具でぼくめし(うなぎの混ぜご飯)を作りました。浜名湖の鰻は名が通っているようで、現地では大好評でした。
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JCサッカー大会でも毎年お世話になっているハソリでアサリの味噌汁も作りました。アサリは味噌汁用というより酒蒸し用と言っていい大きさで、現地の皆さんも驚いておりました。
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炊き出し中に見かけた張り紙。事務所の移転やサービスの変更が表示されていました。
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この炊き出し場所は住宅街の中に有ります。僅か2~3m低い下の町に目を向けると、基礎だけが残った住宅街が広がっています。その向こうはすぐに海です。
現地の被災者が仰っていました。
「被災前までは、住宅街の中にいると自分の家が海の近くに建ってるという感覚が希薄になっていた。海はすぐそこだった。」
釜石市の沿岸部は狭く、すぐ近くに駆け上れそうな山林があるのですが、遺体を示す赤い旗が山の麓の住宅街にも多く立っていたのを考えると、改めて地震や津波に対して「避難する」という行為が、本能的に選択が難しいことを示しているようでした。
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7月15日の昼は2箇所で炊き出しを行いました。施設の中には震災後に生まれたと思われる小猫が飼われていました。新しい命です。
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7月15日17:30。夕方は1箇所の炊き出しに向かいました。ボランティアと自衛隊の駐屯地になっており、多くの自衛隊車両を間近で見ました。落ち着いて考えると自衛隊は非日常の象徴です。
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自衛隊員への炊き出しは出来ませんでしたが、ボランティアの方々には非常に好評でした。何度目かの炊き出しで、味噌の濃さにも持論が出てきたメンバーです。薄いか、しょっぱいか、味噌の風味があるか、ないか。
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7月16日09:00。岩手県に別れを告げ、一路静岡を目指します。SAでふと目に留まった「かもめの卵」。岩手の銘菓として有名で、被災後いち早く生産ラインを復旧させたことでも有名です。モッタリした黄身餡が美味です。
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仙台港内の風景。計り知れないエネルギーによって陸に挙げられたタンカー。どのように海に戻すのか、或いは解体するしかないのか。岩手県以外でも沿岸部の被害は甚大でした。
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プロジェクト中最大のメンバー数となった7月15日の昼。仕事の関係(木金休みになった頃)でぜんじつ参加の都合が付かないながら、それでも参加してくれたメンバーに感謝です!
プロジェクトによって得られたものは物質的なものは勿論、被災者や湖西市三ヶ日町民とJCメンバーの精神にも大きな価値を与えてくれたと思います。関係者の皆様本当にありがとうございました。